目次 : 月別 2003.03



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さよ、フィリピンへ行く ~第五日~ 

今日は日本に帰る日。ホテルをAM6時30分に出発、8時の飛行機に乗る。
ここダバオの空港は戦争中、日本人が造ったのだとか…
着いたときは夜でわからなかったが、空港は窓ガラスがいっさい無く自然のクーラー。
荷物を運んでチップで生活しているポーターが沢山いた。
驚いたことにトイレは、便器の便座が付いていない。紙も流してはいけない・・
30度と暑いのに日本の蒸し暑さ程はなく、昼間はぎらぎらと太陽が照り、夜もそれほど気温差がない。
2月は、雨期で昨日は半日ほど雨が降った。
空港に、はいるだけでも必ず、フィリピン人以外は手数料を取られるらしい。
トイレも時々チップを取られるらしい。

マニラ発成田行きの飛行機は、15時だったが遅れて16時30分離陸。
今まで行った人に聴いたら定刻に出たのは2度しかないそうで・・
日本まで実質3時間10分(ジャンボの時)でした。日本時間21時過ぎ頃成田に着陸。
京成(成田線)スカイライナーの最終便22時05分にも間に合って無事帰宅しました。

ここまで読まれた方、お疲れ様でした。
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さよ、フィリピンへ行く ~第四日~ 

男性は、洗礼式とフィリピンに入植しているバナナ農園を持つ3世の日本人のお宅でプランテーション。
女性は午前中、ホテルでの休息となった。
初めてホテルの中を歩く。椰子の木にも背の高い木から低い木まで様々だ。
庭の椰子の木に職人さんが何か筒のような物で椰子油を採っていた。
プライベートビーチには常に拳銃を持った警備員が巡回している。

学校は公立より私立の方が良いらしく、私立の子供達は皆制服を着ている。
日本の教育とは違い、小学校が6年、中学はなく高校が4年、大学が4年でスムースにいけば
20歳で卒業だ。ここでの高校生は日本の中学生と同年齢。
大学生は丈のなが~いスカートをはいているので一目でわかる。どうもそれがステイタスらしい・・

午後はみんなでショッピングセンターへ。結構大きなモールで日本のと似ていた。
丁度「ロジャースが集まった!?」みたい・・・
店内でPM6時に待ち合わせをしたがなかなかみんな集まらない。
とうとうPM8時になってしまった。フィリピンに来ると皆フィリピン人になるのかな?
日本では2時間も待てるだろうか?…連日ホテルには午後10時着。


さよ、フィリピンへ行く ~第三日~ 

5時起き。よく眠れる。食事もおいしい。フィリピンの人は皆親切だ。
朝、着慣れない「ゆかた」を着て8時に教会。9時から祝賀のテープカット。
かなり立派な教会堂だ。明るく説教台の後ろのイエス様のステンドグラスは素敵だった。
ここの教会は、牧師先生はフィリピン人。夫人は埼玉出身の人だ。
日本から行った牧師先生の説教を夫人が英語に、牧師先生がタガログ語に訳す。
メッセージも3段構えだ。

私は、記念礼拝、他で全部で8曲独唱する。
他に教会学校での紙芝居。日本語クラス。折り紙遊びを行う。私は8人受け持つ。
ただ、貧しいため学校に行けず、同じ学年でも年がかなり離れている子もいる。
しかし、小学生でも英語、タガログ語は皆しゃべる。
勉強意欲は凄く、私が教えた「犬のお巡りさん」の歌も覚えてしまう!
皆楽しそうで盛り上がった。私も楽しかった。

礼拝後、祈念植樹祭。
10センチほどの苗を会堂の周りに植える。
フィリピンでは成長が早く1年で実がなり収穫できるそうだ。
1度収穫したら切り倒す。また別のところから新芽が出て育つ。
庭で育ったみかんをご馳走してくれる。
夫人達の持ち寄りで昼食。結構おいしい。
バナナの皮でご飯を包んで蒸した料理は、甘みがあって餅米の味がした。
フィリピンで食べるタイ米は料理の仕方が違うためか、どれもおいしいのだよ。
タイ米ってホントはおいしかったんだと発見。

この日、フィリピン山中で1人で伝道している千葉県出身の独身女性、Gさんに会う。
彼女はOMF宣教師としてダバオから車で8時間くらいのところに住む、マノーボ族に伝道している。
タガログ語、セブアノ語、を習得し今マノーボ語を学んでいる。
マノーボ族→ミンダナオ島に住む山岳民族。約10万人ほど。
~電気無し、水道無し、川で洗濯と信じられないような苦労をされていた。

私はマノーボ族のために古着を沢山持っていった。
マノーボ族は女性も着る物が無くて裸だ。
その古着でさえ全員にわたらないために争いやねたみが起こるそうで、何か仕事をさせて
その代わりに配るのだそうだ。争いが起きないように祈って欲しいと言われた。

以前、彼女はあるマノーボ族の村に住んで伝道していた。ところが日本人がいると聞きつけた、
テロリストによってその村の酋長が誘拐されてしまった。その時はお金で解決したそうだ。
今、彼女は3週間ごとに色々なマノーボ族をまわっている。
何時、襲われるか解らない山中をダバオに拠点を置いて8時間かけて通っている。
この6月から一年間はデェプテーションのため帰国するそうだ。
まねのできない凄い人だ。祈りたい…


さよ、フィリピンへ行く ~第二日~ 

ホテルを7時に出発。昨日と同じ飛行機に乗り込みました。9時に離陸。
現地時刻13時30分にマニラに着く。(時差マイナス1時間)
ここで両替。1円は2.3ペソぐらいです。1万円を両替して4350ペソになりました。

国内線に乗り換え。待つこと3時間あまり。でも荷物の受け取りや審査はかなり時間がかかる。
~2時間ぐらい必要。
4時30分発ダバオ行きに乗る。約1時間30分で着陸。飛行機は日本人客が多い。
飛行機の私の隣の席は指揮者の方でした。ダバオにユースオーケストラの指揮のため行かれるとか。
学校を持っておられて、年間ヨーロッパやアジアに何十回も行かれているらしい。
話が弾む。降りるとき握手を求められた。一体誰だったんだろう?

現地時間6時頃、ダバオ着。空港で教会の人が迎えに来ていて、車に乗り込む。
教会では土曜日のプログラムができず、翌日曜日にまとめる。土曜はお客さんを50人ほど
招待してあったそうだが残念だった。
ダバオの街はすごい!まずほこりっぽい。車が多い。その間を人が道を横断する。
スリル満点。気温30度。暑い中皆外に出て涼んでいた。
一緒に行った方でヘルメットを持っていった人がいた!
あの車の多さを見ればその気持ちがわかる…

屋根の低い建物が続く。一昔前、子供の頃にタイムスリップしたような街だ。
何もかもがレトロに見える。日本車が多い。
フィリピンのバス、「ジプニー」は自家用車より少し大きめだが、乗れるだけ人が乗っている。
~20人くらいいそう。外に捕まっている人もいて、ちょっとコワイ。

ホテルは古くて伝統のあるホテルだった。
2階建てと低いがかなり広い。ホテルの門から玄関まで100メートル?以上だ。
リゾートで利用する外人客が多い。中国系の人が多いらしい。
部屋は年代物だった。
お風呂の栓が閉まらずハンカチで栓をして使ったり、
ドアの鍵も壊れていたが、外から開かなければ平気らしい。
メイドさんが金槌らしき物を持ってきて修理を始めたのには驚く。
自分でやった方が良いみたい・・
私と同室の女性がドライヤーを持ってくるように頼んだが、なかなかこない。
2度電話をする。…こういう事は当たり前らしい。のんびりしているんだ。


さよ、フィリピンへ行く ~第一日~ 

とある2月某日5日間の予定でフィリピンに行きました。
あるキリスト教団が、ミンダナオ島に建てた教会の献堂式に出席するためです。
総勢8名。その内女性は2名でした。

時起きし、5時43分の電車に乗る。
7時30分 成田集合 入国審査、荷物検査後、9時30分の飛行機に乗り込むがいっこうに
出発の気配が無く飛行機の中で3時間待たされた後、おろされる。
待合い室で昼食を配られ、今日は飛ばないことを知らされる。
原因はカート(ドア)が、完全に閉まらないとのこと。
~夜の便でフィリピンから代わりのドアを持ってくることになりました。

近くのホテルは、連休中で満室のためバスで35分の東京プリンスホテルと
幕張ニューオータニに分かれて宿泊。
私たちは幕張ニューオータニに泊まりました。素晴らしいホテルでした。しかも食事もタダ。
幕張メッセの隣で15階の部屋は夕日がとても素晴らしい。地平線も見えました。


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