目次 : 月別 2008.08



S.シャローム教会 

 茨城県のとある田舎の片隅に、とっても祝福された素敵な教会があります!
何が祝福されているかって言うと・・・?
 その教会は、とっても不便。
 都心から「つ○ばエクスプレス」でおよそ30分、待ち時間およそ15分。乗り換えて又、30分。やっと駅に着いたと思ったら、そこから、バスがないので迎えに来て貰うか、タクシーでおよそ、15~20分。合計1時間30分はかかる。
 そして教会員が10名。
 そして・・無牧に・・・
それなのに!!その教会は祝福されているのです!!

 それは、祈りに祈り続けられてきた教会だからです!!
1992年Yさんは、ここに移り住み祈り始められました。家庭集会を始められ、日曜日の夜、聖日礼拝の後、東京から牧師先生に来て貰い礼拝。集会も月1回から毎週へ。1999年伝道所となる。
 その頃より子供集会や夏の修養会が始まったそうです。
土地も、神様の不思議な計らいで(時には、偶然隣の土地が競売に掛けられ、安く取得したり・・と)少しずつ買い足し今は、250坪に!!
 教会員は、10人。でも全員一致での熱き思いで、会堂を建てられました。
今年、4月1日献堂式にさよも出席しました。

  この教会の第一印象・・・
 どうしてこんな田舎に東京から、地方から方々から人が集まってくるの・・・?
 どうして献堂式に100名以上の人が出席したのか・・?その出席した人の3分の1はなんと牧師さんだし・・・。
 どうして牧師さんがこんなに沢山来ているの・・?しかも多種多芸・・・!教団教派も違ったり・・
 どうしてこんな田舎にこんなすばらしい教会があるのか・・?・・・広い!教会の他に牧師館、エマオ館と2つの建物があるし。教会の中にも会堂の他に広い食堂やその他に畳の部屋が2室も。中庭もあるし。

 今月3~5日、この教会で夏期修養会が行われた。駅から教会まで交代で送り迎えもしてくださった。しかも、ここの教会員ではない人もローテーションに加わっていたり・・
 食事も全て手作り。いろんな人たちが自分の分担で手早くやってくださる。・・・ただ、音楽奉仕者はいなかったが。
 
 出席者は、総勢、30名。そのうちの3分の1が、牧師さんだった!!・・さよは、音楽奉仕を一手に引き受けたものの・・最後の日に突然、あかしを頼まれ・・・

 しかし、Yさんは、さよのあかしどころの騒ぎでは、なかった。殆ど修養会期間中寝てない様子だった。
教会が建つ前、何年もここに来て、祈られた。人に解らないように夜や朝早く来て祈ったそうです。ここの土地を与えてください・・と。
 
 Yさんは、教会員の薦めもあり神学校で学び、今年6月にとうとうこの教会の牧師先生になった・・・
Yさん曰く、「・・・誰が思ったでしょう。教会が建つことなど、そして、私が牧師になることなど。驚くばかりの恵みなりきです。」と。修養会は、とても贅沢なほど牧師先生の話が、ふんだんに聞けた。そしてどの先生もすばらしい内容で、こんなに田舎の教会で、どの先生も真剣に他の先生の話を聞き、自分も教会員と同じ視点で学ばれ先生としてではなく、人としてのすばらしさも謙虚さも感じました。
 そしてYさん自身が、みんなを謙虚に、暖かく包み込んでしまう様な人なのだと、だから教会員も全員一致でYさんに従ってきたんじゃないのかと。さよは思ったのでした。
下妻2下妻3
上の写真は、全て牧師先生。みんなでバーベキュー。帽子を被っているのは、Yさん。
下妻1下妻4
さよと同室だったMさんは、82歳!信仰の先輩達。集合写真「はいポーズ??」


○さんの思いで 

  ○さんとは、2年ほど前知り合いになりました。ある時会ったら髪型を変えていらして「あら、髪型変えたのですね。それも似合いますよ。すてきです。」と、さよが言ったら「実は、抗癌剤の影響で子供達に、見せられないのでカツラなのです・・」と言われ、始めて○さんが癌に冒されていることを知りました。次にお会いしたとき、知り合いから聞いたいろんな、療法をお知らせしました。御言葉のカードも心が安まるからと、喜んでおられました。・・・さよが紹介した錠剤ももったいないからと、なかなか自分のことは後回しで飲んでもらえず、子供や家族優先で自分が大変にもかかわらず、いつも気丈でとても、癌を患って、もう何回も転移のたびに手術をしている人だとは、思えませんでした。
 ここ数ヶ月、風の噂で入退院を繰り返していらっしゃると知り、気になりながらもさよは、○さんと会う機会もなくどうしていらっしゃるのかと心配していました。突然ばったり道で○さんと出くわしました。自転車に乗ってわりと元気そうです。(でもいつも人の前では、元気そうに振る舞っていたのかも知れません)その時、暫く話をすることが出来ました。何でもないかのように淡々と話をしている○さん。しかし、なんとなく危機を感じたさよは、以前紹介した錠剤と、救いのパンフレット、聖書、教会から借りた人生についての本、を数日後に渡すことが出来ました。・・・たったそれから、3週間しか経っていませんでした。危篤の知らせがあったのは。その次の日、旅だって行かれたのです。私が渡した本は、読んでいただけたのだろうか・・?私は、余計なことをして○さんを苦しめたんじゃなかったろうか・・?もっと、交わりが欲しかったなあ。色々思い悩んでいました。ある時、ノンクリスチャンの知り合いの方から「・・・神様は、最善をなさる方だと昔、クリスチャンのお医者様から聞いたことがある・・」と、言われ神様が、その方を通して私に語られたのだと思わされました。○さんはきっと救われていると。
 ○さんのあの精神的な強さは、どこから来ていたのだろう。○さんは、すばらしい絵を描く方でしたのにそういうことは、一切黙ったままで、誇ることもなくその凛とした様は、クリスチャンでもなかなか真似は出来ないと思いました。本当は、一人で苦しまれていたかも知れないのに泣き言を言わず、亡くなる数日前まで家族の食事の世話をしていた○さん。・・・残された家族の方に主の祝福がありますように。