目次 : 月別 2010.12



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Happy Birthday !! 

おなじみ、バースデイソング!!
ジーザスバージョンです。
我が家のにゃんこたち、来年も仲良くしてね!!
アカペラ女性3部合唱で、曲を作ってみました。
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MRI初体験!! 

 元気いっぱい。健康だったはずの私でしたが、先日MRIと言うものを始めて体験しました。音が凄いと聞いていたのですが、はてさて・・。
 服を治療用の浴衣に着替えて、注射針を右手の手首にある静脈に刺し耳栓をしてMRIのベットに横たわるのみ。
 始めは、ガッタンガッタン、コツコツコツコツ、こんこんこんこん、いろんな音がします。中には、打楽器のような音もありこれ、音楽で使えそうだ!!と感じたものもありました。一番面白かったのは、ポクポクポクポクと、まるで木魚をたたいているかのような音でした。
 こんな科学技術を集積したような、機械からこんな地味な生活音がどのようにしたら出るのだろうかと、私は、興味津々・・。
 何枚も写真を撮るので、それを切り替える時の音だと聞きました。
うるさいと聞いていたのですが、金属音でしたら、神経がいらついたかも知れませんが、生活音に近かったので何となく次は、どんな音かしら?と思いながら数十分間を過ごしました。
 「次の音の後、造影剤が入ります」と言われました。
造影剤は、漏れると痛いんだそうです。幸いなことにいつ投与されたのかも解らないくらいに私は、鈍感なのでした・・!?
 「ハイ。終わりです」と言って、ベットが機械から離れた時、「え??これで終わり・・?」という感じ・・。
「造影剤は、痛かったですか?」と聞かれ、「いいえ、いつ入ったかも解りませんでした。」と答えたのです。
痛い検査は、いやだと思っていた私。
前評判では、恐いとか痛いとか・・・。かなり検査の後、疲れるだとか・・。聞いていたのです。
そうか!!みんなに祈って貰っていたから、痛くもかゆくも注射針が上手く入らずに2回刺されたくらいで、何事もなくすんだのか・・。
・・と、改めて感謝を捧げたのです。
この日は、超音波検査、組織検査と、検査づけの一日。
でも、ちゃんと帰ってから仕事をしたのですよ。
記念に耳栓を持って帰りました。それも病院まで往復、1時間歩いたのでした。帰る途中で、ファミレスでちょっと贅沢?お昼も食べましたよ。
 
 ある牧師先生からの助言で「喜びなさい」と言われ、始めてこの日、守られている自分に気がつきました。先生が言われたように私は、病気も感謝して喜ぼうと思いました。
 それはこの検査を受けたのは、普通は痛みを発しない臓器からの痛みでした。 時々、忘れかけたときに起こるチクッとした痛みを覚えて検査に至ったのです。本当に不思議な体験です。
神様がこのことを通して良い技をされるようにと願っています。


マルタ 

 マルタとマリアの姉妹の物語
イエスが、旅の途中姉妹の家に立ち寄られた時の話です。
姉のマルタはイエスを喜んで出迎え、もてなしのために忙しく働き始めます。
一方、マリアは「主の身元に座って、御言葉に聞き入っていた」というのです。これは、彼女がイエスの話に関心を抱いて聞くことを「選んだ」と言うことなのですが、これも客人をもてなす大切なことです。
 それぞれの仕方でイエスの訪問を歓迎したわけです。
しかし、その時マルタは、色々もてなしのために落ち着かず何も手伝わないマリヤへ不満が出てしまったのです。
 これは、誰にでもある話です。仕事が忙しくなると、暇そうに見える人に対して「手伝ってくれればいいのに」という不満が出やすい物です。
人は、忙しかったり悩みを抱えたりしますとどうしても視野狭窄になり全体が見えにくく、他者に対して否定的になってしまいます。
 マルタの場合も少し余裕があれば、忙しい私の代わりにイエスの話を聞いてくれている。後で教えて貰おう・・。と言う気持ちになれたのかもしれません。
 読み方にもよりますが、この話は、何となくイライラしているマルタに問題があって、静かにイエスの話に聞き入っているマリヤが正しく見える。それは、イエスが「あなたはいろんな事を心配して、気を遣っています。しかしどうしても必要なことは一つです。マリヤはその良い方を選んだのです。」という言葉の持つ雰囲気や少し結論に引っ張られた読み方がそうさせているようです。
 しかしイエスは、マルタに対してあなたは、間違っているとは言っておられません。マルタは、色々のことを心配し、気を遣ってもてなすことの出来る人です。お客を迎え相手に喜んで貰おうと気を遣うマルタの役割は誰かがしなくてはならない大切なことです。
 私達の日常生活も毎日の大部分が家事、子育て、労働など、マルタの世界です。
 では、イエスは、マルタに何を語ろうとされたのか?
それは、彼女の家庭的、日常的な務めの否定ではなく、妹マリヤは、今どうしても必要な「良い方」を選択したのだから邪魔をしてはいけない、と言うことだったのです。
 マルタの世界に身を置く私達は、同時にマリヤの世界を心の中心に持っていなければならない。
 遠慮なく、「不公平じゃありませんか?少しは手伝いをするように、おっしゃってください」などとつぶやけるマルタはイエスとなんと親しい関係にあったことでしょう。


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