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クロの想い出 

 最近、ペットのいろんな写真を見ていて思いだしています。私が、小学校の時買っていた犬のことです。小さい頃、猫を飼おうとして引っかかれてから私は、ずっといぬ派でした。一代目の犬がメリー(今飼っている猫は同じ名前にしました。)は、病気で死にました。二代目が、クロ(元気な魚屋さんからもらった犬)

・・・父の転勤でどうしても犬を飼えないからと保健所に連れて行ったとき、クロは恐怖で泣きじゃくりとうとう檻が開いたすき間から一度は、逃げ出して私のところに戻ってきたのです。私に飛びつき離れようとはしませんでした。私が、「もう保健所に戻すのは嫌だ」というのを「もう飼えないんだから、」と無理矢理保健所に連れて行かれてしまいました。子供の私には、どうすることも出来ませんでした。

・・・どうして大人は、そういう風に割り切れてしまうものなのか?親に不信感を抱いたのもこのころです。大人の事情もあったでしょう。でも犬を見殺しにすることを何とも思わない人の心が、恐ろしく思われてなりませんでした。私もそういう風に扱われるんじゃないか・・・そのころの私には、犬しか話し相手がいませんでしたから。本当に悲しかった。そして私には、なすすべがなかったことが今でも悔しい想い出なのです。

・・・家で今元気に成長しているタンゴも元は、捨て猫です。捨て猫だったと思えないほど毛は、つやつやしていて元気な女の子です。

・・・猫も人間もそうだと思うけど、些細なチャンスで幸せになったり、不幸になったりするものだなあと思います。その時その時に与えられている分岐点で、何を選択するかによって大きくその後の人生が変わってしまうことがあります。

・・・その分岐点でしっかり悩んで自分なりの結論を出したら、自分に責任が持てるでしょうし、自信も持てるでしょう。もし、イエス様を信じていたらきっと長い目で見たら自分の手助けになる方向を示してくださるはずです。

・・・悩むことは、無駄ではありません。悩む力がなければ前進は、ありません。クロのことで悩んだから今は、動物を大事に育てようと思えるし人を傷つけたり傷ついたりして悩んだから、人が苦しんでいるときにそう言う人の心を解ってあげたいと思えるのです。


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