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別れ 

 別れは急にやって来た。音楽ボランティアで通っている老人ホームに、毎回さよの音楽サークルを楽しみにしているOさんと言う人がいた。Oさんは、いつも一番前の向かって左側の席を陣取りさよが来るのを楽しみに待っていてくれた。
 6月のある日、Oさんが珍しくこの日は来なかった。たまにこんな事があるのでさよは、気にも掛けなかった。
でも、次も来なかった・・・『あんなに元気そうだったのにどうしたのだろう・・・』と、心配していたら、館長さんが声を掛けてきて「Oさん6日に癌で亡くなられたのです。」「え!?うそ?!・・・」信じられなかった・・

 この前のサークルの時は、ドジョウすくいを踊ってくれたのよ!その前は、踊りのボランティアの人たちと楽しそうに和になって踊ったじゃないの!?・・・人って亡くなるものなのです。時は、待ってはくれないのです。

 歌の好きなOさんはいつも、テープレコーダーを離さずに持ち歩き故郷の沖縄民謡を聞いていた。人がよく歌がとても好きだったOさん。病院に入院して2週間で亡くなられたのだそうです。・・・癌だって解っていたんじゃないのかなあ・・・今思うと時々、Oさんが不安そうな顔をして考え込んでいるところを思い出します。・・・どうしてかなあ?って思いながらもそこまで深刻だったなんて・・・
Oさんの空

 Oさんは、89歳だった。精一杯生きてきた人だった。お酒が大好きだった。初めの奥さんは終戦の年に栄養失調でのお産で力尽き亡くなられた。次の奥さんとの間に数人の男の子が与えられたが、この奥さんも数年前に亡くなられこのホームに一人で入られた。部屋の仏壇には、2人の奥さんの位牌が飾られ、Oさんは、毎日話しかけておられた。さよは、沖縄の写真も随分見せて貰った。さよが部屋を訪ねると、いつも嬉しそうに「よう来たね。」と、おみやげを探しお菓子をくださった。寂しかったのだろう。
 息子さんは、すぐそばの町にいらっしゃると聞いていたが、さよは一度もあったことがなかった。
今思うと、経済的な理由で病院にも行けなかったのかもしれない・・とか、介助の人がいなかったのかもしれないとか・・
・・・神様のことをどういう風に伝えて行くべきかを改めて考えさせられたのです。89歳だと言えば充分だという人もいるかもしれない。でも、一人一人にとって、イエス様の救いを伝えるチャンスを逃してはならないとの、重荷を感じます。主が働いてくださるように。


Comments

おひさしぶりです。
本当に別れはいつ来るのかわからないですね。さぞ驚かれた事ではないでしょうか?こういうことがあると、私はいつでもお別れする準備ができているかな、と考えさせられます。また一人でも多くの方がイエス様を信じるよう、思わされます。知っている方が急になくなられて、寂しいですね。
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2007.08.26 Sun 21:54
くまさん。こんにちは~!
 昨日、音楽ボランティアに行ってきました。皆さん、ホームの中から殆ど、出られない人ばかりなので、音楽サークルを生き甲斐のように楽しみにしておられます。Oさんも楽しみに待って居られた一人でした。
ホームを訪問したとき、窓からOさんが、手を振っておられたのを懐かしく思います。
 この前まで元気だった人が、車いすになっていたり・・・人は、いつ何時変わってしまうのか解らないなあ~と思わされます。
 今この時を、神様が与えてくださった命を、時間を、一生懸命主のために、生きることの大切さを感じます。
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2007.08.30 Thu 23:33

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