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1月17日(木)朝日新聞天声コラムより 

◇◇「大島渚」と言う人・・・◇◇◇

(天声人語)大島渚さん逝く
 体制に抗し、タブーに挑む姿は、烈々と火を噴くように見えた。口をつく言葉も激しい。そんな大島渚さんを支えていたという言葉を知って、納得した覚えがある。「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処(どこ)にも光はない」▼ハンセン病を背負って生きた戦前の歌人、明石海人(あかしかいじん)の歌集の前書きに出てくる。大島さんは19歳のときにこの一語に出会った。以来胸に畳んできたと、かつてアエラ誌で読んだ。言葉通りにあかあかと燃えた、80年の生涯だった▼映画監督になるとは、夢にも思わなかったそうだ。松竹の助監督試験を受けたとき、映画がワンカットごとに撮られるのも知らなかった。採用5人に2千人の応募があったというから、ファンは採用担当者の眼力に感謝しなくてはならない▼松竹の小津安二郎ら巨匠に反旗を翻したのはよく知られる。「喜怒哀楽」にたとえれば、小津映画が「哀」なら大島さんは「怒」の作風だろう。1960年代は、映画がテレビにホームドラマ調を譲り始めた時代でもあった▼妻の小山明子さんによれば、結婚前の5年間に360通の手紙を交わしたそうだ。その1通に「世界に通用する監督になって、君をカンヌ映画祭に連れて行く」とあった。約束はしっかりと果たされた▼「愛のコリーダ」「日本の夜と霧」――大島映画の数々は「問題作」と呼ばれてきた。その三文字こそが、自ら燃えた証しではなかったか。戦後という時代と切り結んだ映画人が、またひとり去って行く。


Comments

こんにちは。新聞をとっていないので、こうしたコラムを読むことができて感謝します。最初の方に書かれている、「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処(どこ)にも光はない」というのは、まさに神様が語られたことばだと思います。その時に、神様は大島さんに種をまかれています。けれども、残念なのは、その種が育った時に、刈り取りをする人が周囲にいなかったことです。つまり、イエスさまへ導く人(クリスチャン)がいなかったことです。病気になったのは、サタンの攻撃を受けたためですが、その時にも神様は救いの手を差し伸ばされています。そこにも刈り取りの機会があったのです。でも、、やはり刈り取り手がいませんでした。日本はとてもクリスチャンが少ないので、種を蒔く人も、刈り取りをする人も不足しています。私もついあせって、種まきと同時に刈り取りをしようとして、いつも失敗します。まず種を蒔いて、しばらくして芽が出て育ち、収穫の時期になるまで待つようにしたいと思います。
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2013.01.24 Thu 09:42
hiroさん。こんにちは。
私も朝日新聞は取っていませんが、朝日デジタルヘッドラインに登録すると、3記事まで無料でパソコンで読めますよ。
我が家は、主人が日経をとっていますので私には、読みづらいです。普通の記事は、朝日の方が読みやすうのでこちらの会員になっています。
「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処(どこ)にも光はない」という明石海人のことばに惹かれました。
・・・明石さんは、ハンセン病だった人です。どんな状況に合っても人生をどのように生きていくか、本当に問われている言葉ですね。また、聖書も「求めなさい~さらば与えられん」と言われているように同じ事を言っています。
本当に求め続ける為には、神様に繋がっていないと普通は、へたってしまうと思います。
大島監督は、どうやって、求め続けたのでしょうね?
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2013.01.25 Fri 11:34

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