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さよ イタリアへ行く~その2~ヴェネチア本島1 

ヴェネチアと言えば、ベネチアガラス。ヴェネチア刺繍。・・そしてなんと言ってもヴェニスは水の都、ゴンドラを想像されるでしょう。
私たちの泊まった「サトゥルニア エ インターナショナル」ホテルは、サンマルコ広場まで200㍍の所にある。
サンマルコ広場1 サンマルコ広場2
サンマルコ広場。右の2本の柱の真ん中で囚人の処刑が行われていた・・!!


4月19日(金)午前中、ドゥカーレ宮殿、サン・マルコ広場、ため息の橋 の観光をした。
ドゥカーレ宮殿 ドゥカーレ宮殿内部


 ドゥカーレ宮殿・・サン・マルコ広場にあり、共和国の総督邸兼政庁だった建造物。8世紀に創建され、14世紀(1309年)-16世紀にかけて現在の形に改修された。
外観はゴシック風のアーチが連続し、イスラム建築の影響も見られる細やかな装飾が施されている。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの館で、ルネサンス建築の傑作である。1465年頃に完成した。現在はマルケ国立美術館になっている。運河を隔てて対岸の牢獄跡と、ため息橋で結ばれている。

ため息橋 ベネチアガラス
後ろに見えるのが、ため息橋。右の写真は、ヴェネチアガラス。


 ため息橋・・、16世紀に架けられたヴェネツィアの橋の1つである。白の大理石で造られたこの橋には覆いがあり、石でできた格子の付いた窓が付けられている。ドゥカーレ宮殿の尋問室と古い牢獄を結んでいる。

ため息橋からの眺めは囚人が投獄される前に見るヴェネツィアの最後の景色であった。ため息橋という名前は、独房に入れられる前に窓の外からヴェネツィアの美しい景色を見られるのは最後であるというので囚人がため息をつくというところから、19世紀にジョージ・バイロンが名づけたものである。

ヴェネチア出身者:
 ☆13C マルコポーロ 東方見聞録を書いた
 ☆カサノバ総理 のちに牢獄から脱走し「我が逃亡の記」出版
 ☆アントニオ・ヴィヴァルディ カトリック司祭、バロック末期の作曲家。
映画:
 「リプリイ」「カサノバ」「ベニスの商人」

土産物屋 ゴンドラ
左:街の中の商店 オペラ座の怪人のようなお面は、お祭りの時に使うそうであちらこちらで売られている。 右:ゴンドラ これに乗るには行列で待つ。観光化されていて次から次へとささっと乗り合わせる。1艘に5~6人乗りで30分の遊覧は、どこも満員御礼だ。




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